愚か者の「中国語短文会話800」の使い方 


日本で作られて一般の書店で売られている中国語教材というのは、トレーニング系が多いですよね。単語や文法から、ヒアリングも作文も会話も個別の教材に分かれていて、またその殆どが「あんたたち、暗記するまでやってみなさいよ!」的な脅迫感を持たせます。
去年は「瞬訳初級」と「初級からのシャドウイング」をかなりやりこみました。4、5回は繰り返しました。しかし、瞬訳にいたっては、日本語→中国語という言い換えも、数回やればできるようになるのですが、ここで初めて知った単語については、またすぐに忘れてしまいます。これを何回繰り返しても、結局はこのテキストを使う前に知らなかった単語は殆ど定着できていない。という全く寂しい現実がありました。
ただの一単語ではなく、フレーズという単語+単語の組み合わせですが、結局はそれ自体に意味が無い羅列なので、本当に無味乾燥です。またこれを使った短文もあるのですが、こちらの短文も面白味がありません。
と、単語集に「面白」を求めることが間違えているのかもしれませんが、やったわりに記憶が定着せず、ただ敗北感が残りました。
さらに「初級からのシャドウイング」も、トコトンやりました。こちらは、会話のかけあいに感情が入っていて、聞いていて面白かったのですが、とにかく頻出する名詞達(虫、植物、薬、化粧品名など)の名前が頭に入らずに、この名詞を覚えようという方に力がいってしまい結局は文章がなかなか覚えられずに、これまた敗北感を味わったテキストでした。


それから約一年もたった蒸し暑い夏の朝、やはり体育会系的なトレーニングが好きなわたしは、懲りずに「今度こそは」と、これらの続編をやっつけてやろうと思い立ったのです。
「初級からのシャドウイング」は、その続編に当たるのが、有名な「短文会話800」です。
単語は寧ろ「初級からのシャドウイング」の方が未知の単語が多いくらい、「短文会話800」は、知らない単語も語法は殆ど出てきません。
ただ、このテキストをどこまで使うのかが、難しいところです。中国語から中国語へのシャドウイング、というのはそんなに難しくはありません。とくに、音をおいかければいいというのですから、意味よりも音に重視をしてひたすらシャドウイングというのは、感覚的には、何か中国語の練習をたくさんしている感に覆われるのですが、これを回数多くやっていると、ひたすら音を真似しているだけになってしまいます。
それがいいのかどうかは、わからないのですが、シャドウイングが出来た。ということと、この短文会話を自分のものとして消化したという間にはかなりの隔たりを感じました。
わたしにとっては、シャドウイングよりも、一組の会話が終わったところで、いったんCDを止め、テキストを見ずにその文章をリピートをする方がよっぽど難易度が高く、単語や文法の確認にもなり、内容理解も深まります。しかし、自分がリピートして中国語が正しいのかどうかがテキストを見ないとわからないし、またテキストを見たときに、すでに自分でリピートした中国語が完全ではなく、テキストのように言ったのかも?と自分に都合がいい方に解釈してしまう自分もいます。それを完全にやるには、リピートした自分の音声を録音し、正しい発音で正しい語順で言えているかを確認する必要があるのかもしれません。
ただ、このテキストでこれをやるには、とても時間がかかります。もう、こう書いているだけで、面倒な作業です。
というわけで、わたしは何事も低きに流れるのが常なので、この「初級からのシャドウイング」というテキストを使っても、シャドウイング練習までしかしませんでした。


テキストに書いてあった、「日→中、中→日の逐次訳を行う」というのは、通訳になるのではないし、そんな芸当は無理だからネ。と最初から行うことを諦めて、ただシャドウイングの教材としてしかこのテキストを使いませんでした。
そして、それがもしかしたら、変な四声の癖をつけてしまった一因なのかもしれません。
また、時には、歩きながら、もしくは走りながらのシャドウイングだったので、はたして、本当にどのくらいの量を音読して「出来なかった」のかがよくわかりません。
以前、わたしはテキストを100回読んでも暗記はできなかった、という実験をしたのですが、これは、一日に100回読んだからであって、もう少し数日に均してやったらどうなの?と、自分の記憶力の悪さをクーラーの上に置いて、好意的な可能性を考えていたりもしました。


また、このテキストには日本語だけのCDがあって、日本語から中国語の逐次訳、同時通訳に使うようにという説明があるのですが、数回日本語吹き替えの人の見事な会話ぶりに微笑んだくらいで、こちらのCDを全く使いませんでした。
このCD半分を全く使えなかったということ自体、わたしはテキストに戦わずに負けていたのかもしれません。


ということで、もう少し、テキストに書いてある訓練方法をきちんと試してみようと思いました。
1. リピート練習を行う
日本語と日本語のリピートも、それはそれは感情をこめてやってみました。しかし、わたしは、CDをとめると、そこそこの長さだと日本語ですら、もう繰り返せないといいう恐ろしい記憶力の無さで、自分を驚かせました。
さらに、中国語から中国語のリピートも難しいのは言うまでも無いのですが、これは回数を重ねれば、なんとかなるのかもしれません。


2. シャドウイング練習を行う
わたしは、なぜリピートよりシャドウイングが難しいのかわからないのですが、これは日本語は問題ないし、中国語は、間違えたりいい淀むところも、テキストで確認をすると、だいたい問題がなくなります。ただ、シャドウイングを繰り返すと、本当に頭の中が空っぽになっていきます。


3.逐次訳で練習を行う
これは、中国語会話を聞いているだけだと、意味を理解できているので、CDをとめて、中国語から日本語にするのはそんなに難しくない作業だろうと思ったのですが、じゃあ、日本語にしましょう。となると不完全なところがあったり、結局は理解が不十分であることを思い知らされます。
それよりも、かなり難易度が高い、日本語を聞いて中国語の逐次訳は、とても出来るものではないのですが、テキストの中文を読めばできます。あたりまえですが。。しかし、これを繰り返すと、なんとなく、出来ないわけではないところまで言えるようになります。しかし、それは逐次訳をしているというよりも、中国語文を覚えてしまったと言えるかもしれません。


4.同時訳練習を行う
これは、はなから諦めたのですが、3のプロセスの逐次訳を行うで、次第に覚えてしまっている中国語文章だと、日本語と同時に中国語を言えてしまいます。あたりまえなのですが、これが出来るはずないと思っていた「同時訳」的行為でもあるので、ただ日本語に知っている中国語をかぶせて話すというのは、奇妙な達成感があります。
しかし、かぶせて言っているので、もはやCDの日本語も自分の中国語もあまり聞こえなくなり、ただ日本語が出たタイミングで暗記した単語を口にしている。だけの行為がどれだけ意味があるのかわかりません。


結局はわたしのレベルで、「短文会話800」をどうやって使えばいいのか、最適解は分からないのですが、とりあえず、この夏の中国語特訓メニューとして、三か月で、「短文会話800」を終わらす。という目的達成のために、速やかに機械的に、そしてテキストに対して勝利感を持ちたいという、わたしが勝手に作った「短文会話800」の攻略方法は、これです。
テキストの中国語文は見ずに、和文を見てシャドウイングというより、気持ちCDより日早めにスタートをして、途中CDに助けてもらうことがあっても、気持ちCDより早く言い終わる。
という、何これ?なやりかたですが、暗記までいかなくても、とにかく同じ文章を単純に回数多く読んでみたかったのです。iTunesの再生回数を記録係りとし、一回で読む音読を10回から20回として、×6,7セットで「短文会話800」の全文書を100回以上音読してみようと思いました。



<真夏にテキストを手にして田舎の山を登ったのが、瞬訳をこんな気の毒な姿にさせてしまいました。今の2冊は出来るだけ外には連れて行かずに、成仏させてあげたいものです>


と、およそ8月の半分までで、この計画の半分をこなしているのですが、どう効果があるのか、全く分かりません。
ちなみに、およそ朝の5時から6時まで、この「短文会話800」の音読をし、さらに朝の6時から1時間かけて、「初級を超えるための中国語単語BOOK」別の名を「漢語中級単語1000」の例文を音読しています。これはこれで、また違うやりかたなのですが、説明につかれました。
そして、わたしは、まだまだ初級を超えられないことも分かったのですが、どんなに遅く寝ても、毎朝2時間かけてやっているこの音読が、ただiTunesの再生回数が増えていくことに満足感を覚えるためだけにやっている気がしないでもありません。
とりあえず、9月までは続けてみます。失敗したとしても、失败和成功是相反相成的,因为失败是成功之母。

「サンザシの樹の下で」≪山楂樹之恋≫を見て、自分の中国語を考える

先週末に、チャン・イーモウの「サンザシの樹の下で」を見てきました。「チャン・イーモウの、」とわざわざ書くのは、あの物語とあの写真ではわざわざ映画館へ行きたいと思えなかったのですが、とりあえず「チャン・イーモウ」だから見てみようかしらねえ。と昔の知り合いに会いに行くような気もちと似ていて、ぶつぶつ言いつつ結局はチャン・イーモウの映画は殆ど見ているのかもしれません。


日本では、チャン・イーモウの名前は知られてはいるものの、ハリウッドの監督達と違い、監督の名前だけで客が集まるほどではないのか、週末の映画館でも、客は10名程度しか入っていませんでした。
そして、私にとっては、つまらないわけでもないけど、感動するわけでもない、ただ丁寧なプロの仕事を見られたという映画でした。
以前、ネットの自由会話で、中国の若い老師とチャン・イーモウは、1997年の、「有话好好说」「一个都不能少」までだよね。という見解で一致したことがある老師のことを思い出し、久々にまた、「张艺谋を語る会」としてネットのレッスンで、申し込みました。


そもそも、この映画でも登場してくるし、中国の小説や散文によく出てくる「文化大革命」のことをわたしは殆ど知らなかったので、文化大革命についての意見を聞きました。
名前だけは知っていた、毛沢東暗殺事件のことや、四人組のこと、また今は名誉が回復されたらしい、劉少奇についても、老師の考えも入れての説明がとても面白かったです。
老師の説明(考え)でとても印象的だったのは、文化大革命は「政治の道具」であった。という点と、毛沢東は、過ちも犯したが、国を興した功績が遥かに大きいので、その天秤の傾きで評価されているのだというような説明。
また老師はわたし以上にこの映画は、つまらないと言っていたのですが、恐れ多くも中国でも巨匠と呼ばれる監督のつまらなさぶりを語り合うことに喜びを感じざるをえませんでした。
わたしからも、
・知らない農家を訪ねて料理を作らせることについて。
・この映画は純愛映画というより、寧ろその逆で。。
・何故彼女は最後まで彼の名前を言わないのか。
チャン・イーモウが使う赤について。
などなど、普通の日本人と話す映画話ができました。
と、こう書くと、きちんと中国語でコミュニケーションが取れているようですが、実際にはもはや中国のレッスンではなく、映画について語り合うこと、わからないことを聞いたり、自分の意見を伝えることに夢中になり、結構日本語も入り乱れての話だったと思います。


レッスンという名前の映画おしゃべりタイムは、映画のことを話せたという意味では充実したのですが、自分の中国語の聴き取りや、表現能力の低さも改めて実感してしまいました。特に大学を出たばかりの老師の日本語能力が、すでにわたしの日本語能力と殆ど変らないがために、この会話も成り立ったような気がします。
映画の中国語はどのくらい聴き取れたかと聞かれて、50%くらいはわかったような気がする。と言ったのですが、日本語字幕のおかげで、単純な語彙は聴き取ることが出来ました。
老師に言わせると、とにかく50%理解できれば、もっとアニメやドラマや映画を浴びるように見た方がいいと言われました。
と、同じことを半年前から言われていたのですが、現実のわたしは「家有儿女」ですら、わからない表現ばかりで、テキストや字幕があるからこそ、手を出しているような気がします。
原書にしても、まだまだピンインが無いし、知らない単語ばかりで読めないからと手を出せません。
大学の2年目からは、もう日本語のドラマをたくさん見て、教科書よりもドラマで日本語を覚えていったという中国人老師の説明を信じると、わたしの中国語の接し方はまだまだ、臆病なやり方なのかもしれません。


というわけで、これからはドラマや原書に。。という方向に未だならず、また大量の音読をしています。
テキストは中国の中級テキストだけでは飽き足らず、今一度「中国語短文会話800」と、「初級を超えるための中国語単語BOOK」というテキストを嘘みたいに毎日音読しています。
別に会話能力をあげたいわけでもないのですが、この評判がいいらしいテキストの初級編「初級からのシャドウイング 中国語短文会話600」を相当やりこんだのですが、あまり上達を実感できないまま、きれいに机に置いてある姿があまりに不憫だったので、こちらもぐりぐりと使いこんでやることにしました。
また、「初級を超えるための中国語単語BOOK」(またの名を「漢語中級単語1000」と言うらしい)は、七、八割がた知っている単語のような気もするのですが、とにかく例文が難しいのです。成語や慣用語も平気で出てくるし、類義語や反対語も、へえへえ。と印をつけながら、例文を体に染み込ませようと何度も何度も音読をしています。
どちらも一日一課で、だいたい三か月かかるのですが、一日一課という生ぬるいやりかたではなく、毎日新しい一課を覚える以外に、最低でも過去の5課分を復習するというやりかたです。
時間がどれだけあっても足りない感につつまれますが、さらに、こんなやり方は自分でも書いていた却って非効率なやり方やも。という気にも強く襲われるのですが、夏がわたしをして、「地獄の夏合宿」的なものに向かわせるのです。
なでしこの試合の日も、試合開始までずっと起きていようと中国語の音読をしていたのですが、音読をしながら、寝落ちをしてしまい、気づいたらすでに1対1のまま後半が終わるところでした。


 なんとか、あまり冷静に「わたしは何をやっているのだろう」と考えることなく、9月までこのまま進みたいものです。

中国的童話

白帝社から出ている「中国児童読物選」を読み終わりました。最初は、中国のテキストにありがちな、道徳のための物語。という体裁なのですが、次第に「なんだか随分簡単に殺されるなあ」と、そんなに悪くないやつまで、簡単に殺される話しが続きます。
そして、圧巻は最後の穴に落ちた狼がヤギが助けてあげる話しがあるのです。さらに奇妙なのはひとつ前には、殆ど同じ話しが載っていて、最後にはウサギの機転でヤギは助かるのですが、最後の話しは、ただただ苦労をして狼を助けあげるとこういう文章になって、プツンと終わります。


可是,狼一出了井,看到山羊圆滚滚的腰身,馋得口水流,猛一下扑上去,一口就咬断了山羊得喉咙。


ある意味カヴァー的というか、小説としてはヤギが助けられるバージョンよりも優れていると言えなくもないのですが、これを読んだ中国の子供が得る教訓と言うと、無暗に他人を信用するなとか、危ない奴には近づくなとか、太って美味しそうだった奴は殺されても当然。とかいうことでしょうか。


まあでも、一冊の読み物としては、中国語を読んでいる感がとてもして、面白かったです。最後の落とし穴の話しは、今読んでいる村上春樹の中国語版「羊男的圣诞节」と同じような穴系の単語が出てきて、しっかり穴系は覚えられました。


しかし、単語を物語やテキストで出てくるのを読んでいて自然に覚えようという考えは、よほどの量を読みこなさないと、なかなか覚えられてません。やはり単語集を使って、見たことがある的漢字を増やした方がいいのかもしれません。

また、シャドウイングのテキストも、化粧品の種類やトランプのゲーム名を覚える必要性をあまり感じられずに、結局時間だけはかなりかけたのにマスターできていないので、これこそ、日本語CDを聞いて中国語にする。というテキストの使用法に書いてあった、逐次訳や、書きとりをしてでも、もう少しこのテキストを身につけたいものです。

いつのまにか、冬休みもあと六日になってしまいました。六日間をもう少し充実させたいものです。

冬休み中国語強化週間


12月は前半がなかなか中国語に触れられなかったので、強引に25日から休暇をとってしまいました。
雑用が多少あるくらいなので、またこの冬休みは、かなり無理をしてでも、中国語に浸かろうと思います。
何日に何をする。という予定もこれを書きながら。
この1月から、いろいろなことを試してきたのですが、実は一番使ったかもしれないのに、殆ど身についていない、と気になっているテキストが「瞬訳中国語初級編」です。準4級から4級向けとなっていながら、ここに出てくる言葉達がどうも特殊と感じてしまっているのか、おそらく未だに他のテキストで出会わない言葉が多く。。とそんな言いわけはいいので、とにかく続けるのが嫌になったテキストなのですが、ここまで時間をかけて使って、殆ど身に着かないというのが勿体なさすぎるので、この冬にやりなおします。
殆ど同じ理由で「中国語短文会話600」も。
そして、これは結構身についていると実感しているのですが、「汉语口语速成•基础篇」の音読もここで毎日続けて、卒業したい。今のところは、わたしの中国語の殆どはこのテキストで出来ている気がします。
そして、読破したいのは、村上春樹の「且听风吟」か「羊男的圣诞节」どちらかを、きちんと読み切りたいです。
あと「心に残る中国語」も、最後のひとつ、朱自清の「荷塘月色」だけとなったので、これもまた、卒業をしたいところです。
さらにさらに、DVDで「家有儿女」も見返したいのですが、これはまだ暫く卒業は出来ないかもしれません。


もう少し丁寧に単語に触れて、聞き取れて、【手書きで】書ける。という単語達を増やすことに力を入れましょう。と、25日には書いてみました。
そして、また出来れば毎日結果をここに残したいものです。

瞬間中国語作文

しかし、新しいCSLPodのお二人の声には、全く馴染めません!ただの慣れの問題でしょうか?


数ある練習方法の中でも、日本語のすぐ後に中国語を言おうとする瞬間作文の練習は確かに脳に効く感じはします。
では、中国語の場合、その素材をどうするのか。というと、有名な教材では、「瞬訳中国語」や「口が覚える中国語 スピーキング体得トレーニング」などがあり、テキスト収集が趣味のわたしはその両方を持っています。特に瞬訳シリーズは、初級編をボロボロになるほど使ったのですが、正直使いづらいです。いや、これは使い方の問題なのか、とにかくこの準4級から4級水準という単語が頭になかなか入りませんでした。
しかし、逆に初中級や中級を見ると、結構見かける単語や言い回しが多かったりします。この初級編の水準のまま単語の難易度があがる、というのとは少し違う気もします。
そもそも、この瞬訳シリーズは、瞬間作文というコンセプトではなく、言葉の組合せで覚える。ペアの単語帳のようなものかもしれません。
逆に、「口が覚える中国語 スピーキング体得トレーニング」の単語には、難しさを感じることもなく、日本語から中国語への変換という、「瞬訳英作文」のコンセプトに近くは感じます。しかし、ヒントが多すぎるせいか、何か瞬間的に作文をする。という感覚ではないかも?


と思っていたところで、しつこいのですが「ビジュアル中国語・例文ドリルー基本の表現編」は、面白いです。最初はDVDがあるので、家でこれを見て使うものかと思ったのですが、音声だけも取り出せて、寧ろ電車の中や、移動中に日本語の音声の後にすぐ中国語を言う(考える)ようにして使えます。
この特徴は、例文が比較的長いところでしょうか。そして、特に「語順」の章では、最初はシンプルな表現が次第に複雑になっていく過程がとても面白く、ようやく中国語の語順がわかってきたような気がします。また、今までは長い日本語を素早く中国語にすることに、とても苦手意識があったのですが、このかえるらいふのおかげで、長い文章を素早く中国語にすることに燃えてきました。
本当は、長谷川 正時さんのシャドウイングシリーズも、そういう風に使えるはずなのですが、やはり日本語と中国語の音声が別だと、初級者には日本語から中国語の変換が正しいかどうかをすぐに確認できない悲しさがあります。


とりあえず、平日は最大の練習場所である電車の中では、行きの電車で、かえるらいふの「ビジュアル中国語・例文ドリルー基本の表現編」帰りの電車でもかえるらいふの「すぐに使える中国語」(実際には使ったことないけど)を中心として、暗記文の確認やテキストの黙読シャドウイングなど、機械的に電車の区間で切り替えては、練習をしています。
と、瞬訳も、もう使わないわけではないと思うのですが、とりあえず、この「ビジュアル中国語・例文ドリルー基本の表現編」の550例文を先にしあげてみる予定です。
って、結構地道な勉強をしていますが、勉強ではない部分もまた力を入れるようになりました。それはまた、たぶん次回に。

中国語は長いほど覚えやすい


わたしにとっては、特に日本語の漢字と類似していない漢字は、単語帳などで見ても殆ど覚えられません。わたしがよく使っているけど、もう挫折しそうな「瞬訳中国語初級編」は、短い単語の組合せですが、それもまた、短すぎて、フレーズとかセンテンスの羅列はなかなか頭に入りません。
さらに、単語帳によっては、例文があって、例文として覚えられるようになっていますが、それもまた、なかなか頭に入りません。
と、自分の記憶力の悪さを棚に上げて、頭に入らなさぶりの言い訳を言うと、この例文が面白くないから。などと言わせていただきます。


そこで、さらに長くなる口語体のテキストも、語られていることが、わたしの脳にひっかかりがあるような印象的なシーンが展開されない限り、なかなか記憶に入ってくれません。
その、口語体のテキストよりは、さらに長文のエッセイだったり、成語の説明だったりする方が、何故か文章語と記憶しやすくなります。ただ、これも全体の物語をイメージしやすくなって、流れを覚えてしまっているので、そこを聴き取れていると勘違いしているのかもしれません。
さらにさらに、面白いドラマであると、細かな言い回しまで頭に入ります。と、それは集中力の差なのかもしれませんが、いまはいっそ、中国語学習の全てをドラマにしようかしら。と考えているくらいです。
が、いかんせん、ドラマもテキストがないと、なかなか内容を把握できないという中国語レベルの低さです。


そこで、単語や、例文よりも長く、テキストより短い。という、なかなかの按配の量なのが、「中国語会話ルート66」と「中国語短文会話」というテキストですが、「ルート66」は、今になって思うに、本当に様々なテキストに出てくる言い回しがよく使われていて、いいテキストだと思います。が、これもまた内容が全く面白くありません。
そして、自分でもあきれるくらいシャドウイングをしている「初級からのシャドウイング 中国語短文会話600」は、使い方が悪いのか、自分でもシャドウイングの効果はよくわからないのですが、微妙に内容が面白いです。
また、日本語の読みあげが別CDになっているのですが、その日本語の言い回しも、聞いて楽しいです 。と、そんなところを楽しんでも仕方ないのですが。まあとにかく、瞬訳と同じように、あまり他のテキストでは見かけない名詞が多かったりもしますが、もうちょっと本気で単語を覚えながらシャドウイングをしようと思います。また、いくつかの短文は一気に発するそのスピードについていけなくなります。

たとえば、今日読んで手強さを感じた会話は、こんな風です


快拿杀虫剂来!
蟑螂跑哪儿去了?
钻进电冰箱底下去了。
跑的真快。

すてきな日本語で
「冷蔵庫の下!」
と叫ぶ部分が
また、一気に読まれて最初は聴き取りすらできない。というか、完全に言えるようになっても、まだまだ聴き取れないのが
「钻进电冰箱底下去了!」
ですが、これを瞬間的なスピードの中に音符があるかのように高低をつけて一気に読み上げられます。
で、最後の「なんとかしてやっつけよう」
が、
想个办法除掉它!
で、「除掉」が始末するとか、根絶やしにするという意味であることを強烈に覚えさせられます。

滚瓜烂熟

あしたまでに、課題を暗記できる可能性は、、昨日と変わらず30%くらいかもしれません。
これからの一晩と明日の朝の練習量次第かもしれません。
暗記のこつは、つかめそうで、やはりつかめないようで。。暗記をするには音読。と一般的に言われていますが、わたしは、どうも音読をすると四声や発音にばかり神経が行ってしまいます。
何が何でも、これくらい暗記できないのか、と自分の呆れ加減を抑えたいものです。


また、10月になって、あと3カ月で中国語学習をして1年になってしまいます。
いろいろと違う教材にも手を出したいのですが、もう何度繰り返したかわからない、初級からのシャドウイング「中国語短文会話600」「瞬訳初級」「会話ルート66」は、あと3カ月も繰り返してみます。
シャドウイングも、通訳メソッドを利用した中国語「中国語短文会話800」に換えたかったし、瞬訳も初級から「瞬訳初中級」にあげたかったのですが、これが最後とあと三か月続けます。
そして、あれほど嫌いだった単語集も、先日古本屋で購入した中にいくつもあったので、まず「これなら覚えられる!中国語単語帳」というものをチェックしてみたりしました。これは、例文を音読してくれるので、覚えやすいのかもしれません。というか、この単語集で単語を覚えるというよりも、なんとなく知っている単語をしっかり定着させて、音で反応できるようにしたいです。
1500語というのに、とても薄くて小さいので、通勤電車で使うことにしました。


あと、ラジオ講座の応用編は、水野さんの声の若さには驚いたのですが、やはり映画をラジオで再現するのは難しいような。「初恋の想い出」は、映画館では見たのですが、もう一度DVDを借りてこようと思います。


なにはともあれ、今晩は「愚公移山」の夜にします。