你とは誰なのか

「聴く中国語」で特に力を入れているのは、インタビューとニュースの記事です。
インタビューは、本当に生の台詞なので、自分で言い直しをしたりする所を含めて面白いです。
今月号のインタビューは、秦昊でした。
その中で、你の使い方が気になりました。わたしがインタビューや口語を知らないだけのような気がするのですが、你がいったい誰のことなのか?と何度も頭を傾けました。
小説やエッセイでも、二人称で書き、その「あなた」の効果をあげている作品もありますが、このインタビューはそれとは違うように思いました。
また、よくドラマの語尾に「你」と付けるのとも違います。
こんな感じです。彼がチャン・イーモウの性格を説明する一節です。


我觉得,就是,他能够对演员一些心态,可能是一些心理的微妙之处很敏感,他会安慰啊,或者是去鼓励这样。


チャン・イーモウが、わたしを慰めたり励ますわけではないので、ここでの你とは、秦昊のこと?我のこと。もしくは役者全体のことを指すのか。と考えました。
そしてさらに、脚本の覚え方の説明では「他」の台詞はスタッフや観客が聞き取れればいいのだ。という使い方もしていました。これは、まあ自分が演じる役柄のことを「彼」と表現したのかと考えました。
しかし、「新しい役柄をどう理解して演じますか?」という質問の答えの「你」は難易度が高いです。


其实还是因为首先要既然接这个剧本,就是喜欢这个角色,其实你能喜欢这个角色就是肯定是因为说这个角色身上有很多东西你觉得好,是美的,那怎么样把这个东西传达给观众。


インタビューしている人は役者ではないし、読者に呼びかけているのでもないし、翻訳では、ここは秦昊自身が台本を受けて、役柄が好きになって。。という文章になっています。しかし、こう改めて書いてみると、文法的にどうなのかわかりませんが、本当にリアルタイムで話している人の言葉は、文章語でも、会話語ともまた違って面白いです。
そして、後半の「你」になると、もう少し微妙になってきます。


然后对我来说,成不成功就是只要观众喜欢演的角色,就成功了。
即使你没学过表演,在电影上面,观众喜欢就是成功的。


ここの後半部分になると翻訳は「あなた」となりますが、じゃあ、「あなた」とは誰なのか?ということになります。インタビュアーでもないし。一般的読者のことでもないでしょう。
と、改めて辞書をひくと、「一般的な広く任意の人、わたしのことを指す場合もある」とあります。
ただ、上のインタビューでの「你」は、前半は「我」という意味もあるかもしれませんが、それでも、わたしなら「あなた」的なニュアンスを感じさせたいです。
それは、本来の「わたし」でも「あなた」でもないかもしれない、もし、こういう状況になったらそこにいる「人」的なニュアンスでしょうか。



動画は、今年見た彼の印象的な芝居の映画「スプリング・フィーバー」≪春風沉醉的夜晚≫。


そして、たくさん読みました


なんとか一週間くらいは、毎日記録を続けててみたいものです。今日は珍しく、かなり時間がとれました。早朝から起きて音読をしたところで、一時間半ほど走りに出かけたのが良かったです。


また走る時間ももったいないと、なんとか走りながら頭に入る中国語のCDを聴きたいと、いろいろと試しました。ただひたすら聞き流していると、どうしても走る方に意識が行ってしまうので、瞬間中国語作文的な日本語が流れて→「強制的に考える」→中国語を口にするという、あまり知り合いとすれ違いたくない、変な人になってでも、この走りながら「考えて」、走りながら音読をすると、多少は頭にも入ります。
最初はどんな教材でも、走りながらシャドウイングや、音読をすればいいかと思ったのですが、単純にCDと合わせた音読だけでは、走りながらやると、本当に無意識な形だけになって、全く頭に刷り込まれません。
そこで走っている時でも、無理に脳を中国語化させる方向に持って行って(いる気になって)います。
と、そんな不確定な効果よりも、朝から体を動かしてシャワーを浴びて一日を始めるだけで、脳も体もよく動きだす気がします。


そして、今日読んだのは、「ニーハオ明明」と「橋梁」の3課と「中国語で読む日本と中国の昔話」と北京語言大学から出ているテキスト「中国人喜欢跳舞」を半分くらいと「聴く中国語」を少しと、今月から新しく中国語を教わることとなった老師が教材に指定された、「杨绛」の文章を半分くらい和訳してみました。
わたしは、辞書さえあれば、どんな文章も読めるはず。と、和訳を難しいと思ったことは無かったのですが、実際に日本語の文章にしてみようとすると、うまく日本語に出来ないところだらけでした。今までもなんとなく、理解できている気持ちになっているだけで、実際は丁寧に訳したことすら、殆ど無かったということに今更気づきました。
あまりにも、日本語になっていないので、一体、どうして日本語にならないのか、何の知識が欠けているのをはっきりさせたいところです。

そしてインプットにこだわる

なんだかんだとこちらの「はてな」に中国語関連のことを書き始めて、1年がたちました。
書き始めた頃は、もっと中国語を早く習得することについて、ガツガツというか逼迫感のようなものがあったように思います。
去年の7月は会社の夏季休暇として2週間休み、自宅留学をしました。ひたすら自分の家で「漢語口語速成−基礎編」の音読をしただけなのですが。。。今読んでも呆れるほど音読を繰り返していました。
ただ、この時の2週間は、かなり自分の中国語の基礎となったと思います。
はてな」に記録することが、中国語を続ける推進にもなるような気がして、実際に毎日のように記録をするためにも、ひたすら音読ができた点もあったような気もします。

今は、記録しなくとも、もう中国語を毎日続けられる体にはなったような気がします。


そして今は何をやっているかというと、主に中国の留学生向けの中級テキストを読んでいます。手元に4冊があるので、およそどれも3課が終わったあたりです。
その他にも、留学生向けの閲読テキストや日本の大学生用閲読テキストを何冊も持っているのですが、なかなか進みません。
あと、「聴く中国語」も、およそ2か月かけて1冊をなんとか終わりました。これは想像以上に手ごわかったです。
いったい、「聴く中国語」とはどのあたりを読者にしようとしているのでしょうか。冒頭の漫画で描かれた会話は本当の初心者でも十分に読める記事です。ただ、その他のインタビュー、新聞記事や各特集記事の内容は興味深いのですが、いかんせん容赦の無い中国語は手ごわすぎました。
おそらく「聴く中国語」を使って中国語を勉強したい初級の人にとっては、殆どの記事が難しく、また「聴く中国語」を十分読める人にとっては、もうわざわざ「聴く中国語」を買ってまで読みたいとは思わないのでしょう。
しかし、これも今こそ読まなければ。という思いで、今年の4月から遡って、読んだり、聴いたり、音読したりして、一年間でなんとか征服をしたいものです。


と、中国語のアウトプット練習は、ひと段落させて、また夏と秋は一気に大量のテキストを読みたいものです。
いつのまにか、面白い文章だけを、随便に読むという習慣になって、自分でも何をどこまで進んでいるのか把握しやすいように、ここに出来るだけ、頻繁に記録をしてみようと思います。
この夏のわたしの中国語の目標は、「簡単で面白い中国をたくさん聴き、たくさん読むこと」です。
やろうとはしたものの、わたしには無理だなと思ったのは、単語の暗記と、短文暗記です。いや、「ただ面白くないから」という理由ですが、わたしには、何が効率的かではなく、ただ人生は、あまりに短いと悟らせる事件が続いたことから、もう単純な暗記はやめるようにしました。
ただ、去年もやったような有名な小説や漢詩や散文の暗唱は、これからも続けたいと思います。
結局のところ、わたしはビジネスには向いていなかったのでしょう。何が効率的かではなく、何が面白いかに拘りたいです。

イングリッシュ・モンスター

わたしは英語学習本を読むのも大好きなのですが、手書きのPOPで飾られていた、「イングリッシュ・モンスターの最強英語術」はその場で読み、「中上級者がぶつかる壁を破る英語学習最強プログラム」と「英語は暗記するな!」は、お持ち帰りをしました。
「イングリッシュ・モンスター」は、10分くらいで読めてしまったのですが、本を読むのが早い人は、もっと早く読み終えられると思います。
しかし早く読み終わってしまうから、内容が良くないという意味では全くなく、確かに中身が薄いといえば薄いのですが、読んで(立ち読みだけど)良かったと思えた本です。
この本と幾多の英語学習本の一番の違いは、本文中に著者の写真がふんだんに使われていることでしょう。自分を出すというさらけ出しぶりは、写真だけでなく、それがこの英語学習本全体の姿勢であり、そこがわたしはとても好きな点です。
ただ、もっと具体的な方法を聞きたくもなってしまうのですが、もしかしたら、この本にあるように、本当に単純な英語雑誌を読むという日々の繰り返しだったのかもしれません。
またこの本を手にとって忘れられなくなるのは、やはり著者のカップ面でマスクを作ったモンシター最強兵器の姿でしょう。


個人的には、単語の覚え方に対する姿勢がとても同感を覚えました。結局は学習本でわたしが知りたくて、興味があるのは、具体的にどんな教材をどう使ったという方法論ではなくて、シンプルでそれでいて強烈な作者の姿勢のような気がします。
ひたすら、英文雑誌に分からない単語が出る度に、辞書を引いては、頁の余白にその単語を書いていく。というとてもわかり安い方法を説明してくれるのですが、わたしの心に残ったのは、「100個覚えて99個忘れても良い。そういう気持ちを持つことが大切だ。そして99個のうち、また98個を忘れてもいい。」というあたりで、「そうそう」と本を両手で持ちながらもう一本の手で膝を叩きました。
また、購入した「英語は暗記するな!」と「中上級者がぶつかる壁を破る英語学習最強プログラム」も、面白かったのですが、またそれはいつかに。


わたしは今までですら、中国語に接するのが楽しくて仕方なかったのですが、今は更に中国語の文章を読んで、その知らない単語に出会う度に、自分の脳みそから、いろいろなカタカナの物質が分泌されているのがわかります。頁を開く度に、また知らない単語を見たり聞いたりする度に「まだまだ知らない単語があるんだハイ」に心地よく浸っています。
今は、中国で作られた中級テキストを中心に読んだり聞いたりしているのが中国語時間の中心ですが、実際に中級テキストを何冊か読むと、同じ単語や語法の解説に繰り返し出会うことになり、別のテキストでまた覚えたばかりの単語に出会うことによって定着率も高くなります。逆に次第に知らない単語に出会う数があまり多くないことの物足りなさすら感じます。


で、そんな物足りなさから、突然思い出したのが、古本屋で集めたり、自分でも買いはじめたくせに、殆ど手をつけられずに本棚の隅に佇んでいた「聴く中国語」です。
去年の夏頃は、あと1年くらいすれば自然にこの雑誌が読めるようになるのでは?と漠然と思っていたのですが、思い違いも甚だしかったです。
インタビューやニュースの手の届き具合の無さといったら、昨年と大して変わらないとも言えます。何時までも、自然にこの雑誌がわかるまで待っているという姿勢だと、また1年たってしまいそうなので、ここで、無理にでもこの雑誌を読み懲らしめてやるのはどうかしら。。と、最新号を開いてみると、
去年暗記をしたはずの蘇軾の詩や朱自清の「荷塘月色」に日本語の小説で読んだ金庸の「射雕英雄伝」も連載が始まっていました。
これこそ、「今こそ始めなさいという天の声ね」と思い、毎月過去分と合わせて2冊くらいのペースで消化したいものです。
特に、ニュースとインタビュー記事は精読+音読の繰り返しで、懲らしめ尽くしたいです。
などと、ここに適当な日本語を書き殴るだけで、脳内幸福成分が分泌できる、とても安っぽいわたしです。

中国語教材の使い方


連休に、北京大学の500字水準の小説「如果没有你」(もしあながたいなければ)を読み終わりました。このシリーズの小説としての奇妙さばかり書いてきましたが、今回もまた凄いですね。スリの男性を女子大生が好きになるのですが、それは小説としてありうる話かもしれませんが、この小説の無茶ぶりは凄いものでした。
と、小説としての完成度については、大いなる疑問を持ったこのシリーズですが、当然ながら文章は平易で、それでいて各種の補語や基本的な文型に多く接することができたことは、よかったはずです。(きっと。。)あと、一気に大量の中国語文章を読むことに慣れることができました。
こちらも、機会があれば、ぱらぱらと読み返したりCDを聞き返したりしようと思います。


また、ようやく「漢語初級口語教程」の上巻が一通り最後まで終わりました。下巻も来月には終わりそうです。この北京大学の留学生用の教材の特徴は、あまり文法に重点を置いていないところでしょうか。特に会話部分は基礎的な会話で、朗読部分に、面白い素材が多いのですが、この素材を乗せることが先にあって、文法や単語を学習させるための教材作りとはなっていないところが好きです。だから、この初級の上と下を通読しても、おそらく必須な単語や文法を学び通せることにはなりません。しかしこの教材の朗読部分の教材は面白かったです。
教材のタイトルは「口語」となっているのですが、他の留学生用教材(漢語口語速成、説漢語、初級漢語)のような、口語体を覚えさせるようにもなっていない、不思議な教材でした。


大学生2年生用の教材の難しさは、わたしが今の大学2年生の第2外国語水準をなめていたのかもしれません。手元にある教材を見るに、大学2年生用教材の到達点は、中級の完成にあるようで、留学生用の初級提高編を遙かに越えたところに入っています。
実際に留学生の1年間に接する時間の多さから、一年間で分厚いテキストを数冊使うようになっているらしいですが、この日本の大学生用教材は、こんなに薄い中に見事にいろいろなものを詰め込んでいます。
両方の多くの教材を使いながら、ゆるやかに、そしておそらく確実に中国語水準をあげていくには、留学生用のテキストの方が使いやすい。とも感じたのですが、その内容については、決して日本の大学生用テキストも負けていません。
ラジオやテレビや、また文法書の執筆者として、有名な先生方が作られた素材は、読み物として面白い物が多いです。
少し変わったところでは、まだ使っていないのですが、「朋アリ遠方ヨリ来ル」は、一課がたった4行であったりするところが、相原茂先生の現実の大学2年生の状況を察しているというか、やはり個性を発揮しているところでしょうか。
で、これもまた使っていないテキストですが、関西大学編の「心に残る中国語」というテキストがあって、編集方針がまさしくタイトル通りの「心に残る中国語」を選び抜いたという点と、全ての課の練習問題の1が、テキストを背诵しろ。というところが、気に入りました。
せっかく、限られた頭脳と時間で暗記をするのなら、買い物をしたり、病院へ行くときの会話を覚えるよりも、わたしには、美しく記憶に残る文章を暗記したいので、これをきれいに背诵して、週に一回の老師に披露しようと思います。
また、単語や文型の暗記をしようかとも思ったのですが、せっかくそういう時間を作れるなら、漢詩を暗記していこうと思いました。
とこちらこそ、老師から、四声を体に馴染ませることと中国語の発音を丁寧に美しく発生する練習にいいということで、漢詩の暗記を進められました。今は殆ど知識がない漢文についても、暗記から入って漢文の知識から派生して中国語の歴史を学びたいとも思いました。
やはり試験のための学習でもなく、さらに学習のための学習ではなく、すでに中国語から何かを学びたいという気持ちが大きくなりました。


と、大学のテキストと中国の留学生用テキストを比べていますが、実際に入門や初級レベルを独学で進めるには、一般の市販テキストが一番いいのかもしれません。
今のところ、わたしのお気に入りは、やはりあまりテキストらしくない、「生活中国語」と同じ著者の「中国語実習コース」です。さらに、「中国語がわかるリスニング」も、最初に手にした時に感じた難しさは今でも、そんなには変わらないのですが、小説を何冊か読んだあとからなのか、ぎっしりの中国語を読み進んでいくことに快感すら覚えるようになりました。


それから、「家有儿女」は、よたよたと第3話に入りましたが、このテキスト一冊がどんな留学生用テキストよりも厚く、内容が濃いので、このままなんとか4話まで辿り着きたいものです。
それからそれから、「聴く中国語」にまで、なかなか手と目が回らなくなってしまったので、完全ではなくても、一通り聴いて読み通したいです。

今は、人生で一番机に向かっている時間が多い気がします。休日には一日の学習時間が10時間を超えたあたりで、集中力が落ちるというか、頭痛すらしてくるので、連休は久々に走ってみたところ、今度は疲れて机に向かえなくなってしまいました。
と、気を取り直して、また孜孜不倦地用功。

人は「家有儿女」だけで中国語をマスターできるか

いや、そんなことを試す気はないのですが、この一体全体何話あるのかわからない、「家有儿女」の全話をもしも、完璧に読めて聴き取れれば、それはもう、かなりの水準になるのかと思います。
ただ、まだ一話と、二話の1/6までの学習が終わり、とくに第二話の1/6である第一課を汗水涙流して準備して、ようやくネットの授業が終わったところで、脚本の面白さ以上に、ものすごい疲労感を感じてしまいました。
とくに、この準備のためには、早朝も電車の中も会社の昼休みも帰りの電車も駆け足で家に向かう途中も、もうもうずうううううっと「家有儿女」だけでした。
要は今のわたしの中国語水準では難しすぎるのでしょう。調べる用語が多すぎて、練習問題もきちんと書いて提出しようとすると、かなりの時間がかかってしまいます。
毎週3回のペースで、9月には、全部終わらせるくらいで。と、たかだか24分×4話=一時間半くらいのドラマに、そんなに時間をかけられるか!と思ってしまったのですが、かけられます。否!かけさせていただきます。
12月くらいまでに、この4話分のテキスト一冊をきちんと終わらす。で、充分中国語脳もお腹いっぱいな気がしてきました。


そうそう、この第二話第一課の白眉は夏雪が泣きながら、心情を吐露するシーンなのですが、こんなに良い台詞を、せっかくこんないい芝居をしているというのに、彼女のTシャツの文字が「記まじめ」なのが面白すぎます。
これは、スタッフに日本語がわかる人がいないことのミスなのか、あるいは、分かった上での高度な(何の?)技なのか不明です。
中国人の老師にも、このシャツについて聞いたのですが、中国の若い人の間では日本語のシャツも流行っているけど、このシャツの文字がよく見えないと言われてしまいました。たしかに、はっきりはしていないのですが、たぶん「生真面目」を意味で間違えた「記まじめ」になってしまったのか。あるいは、「まじめさ」を「記す」という意味なのかしら?
と、0.5秒くらい考えさせられてしまいました。

あと、もう少し、「家有儿女」一辺倒から力を抜きたいと思ってきたのは、しばらくシャドウイングやら、単純な口語の音読もしなかったので、音読欲がでてきたり、やはり腱鞘炎になるくらい漢字も手書きをしたい欲が、出たりなどなどで。ここ暫く「家有儿女」ばかりで、細切れな計画的学習ができなかたので、また音読やら漢字かきやら、いろんなことをしてみたくもなりました。


それからそれから、週末には、「聴く中国語2010年8月号」(最新号から一つ前のやつ)を読みました。とはいえ、わたしにはかなり難しいところがあって、各項目毎に細々と読んだり聴いたりしていたのですが、もうこの雑誌も完璧さを求めると何時までたっても終わらない気がしてきたので、一気に最初から最後までCDと合わせて読みました。
すると、どこよりも面白かったのが、「蝸居」の小説です。中国ドラマでこの「蝸居」が話題になって視聴率が高かった。という話はどこかで読んだことがあったのですが、「聴く中国語」に掲載されていたのは、小説の方です。
この作者が、どういう人なのかも全く知りませんが、とても上手いです。もちろんわたしは隣頁の日本語翻訳も読んでしまっているからかもしれませんが、この軽やかな文体には驚きました。テレビドラマでは、一部で放送中止となるくらいの悲惨、猥雑な物語。という暗いイメージの話かと思っていたのですが、この小説の途中に当たる一部を読んだだけでは、マンション購入を考えるだけの描写でも、充分面白いのです。
というわけで、これもまたまたヤフオクでバックナンバーを買えたので、遡って一回から読んでみたくなりました。8月号の次は9月号とならずに、4月号から、もちろん聴く中国語全体を読んで、早く9月号に追いつきたい。
このドラマのことも、中国の老師に訊いたところ、「マンションを買うだけで、そんなに苦労をする必要はないと思った」という、なんとシンプルな感想。
このドラマのおかげで、ある意味現代中国大都市でのマンション購入についての、滑稽さを宣伝できているのかもしれません。ねえ。

「家有儿女」の授業


週末は、ずっと中国語を読み聞きしていました。
やったことの中心は、実は「家有儿女」でした。いったい、何話まで見たのか。というと、まだ一話も見終わっていません。
この、20数分のドラマをいったい何時間かけて学習しているのかと、我ながら驚きます。
まず、ネットでこのテキストを使って授業をしてもらったのですが、これがなかなか。
台詞が聴き取れない。というのではなく、テキストが難しいというのではなく、もう老師の話が聞き取れません。
なにやっているのか。っていう話ですが、日本語もわかる老師なのですが、こちらも、「もう一度言ってください」をあまりに何度も繰り返すは、いや、この「请在说一遍」の声調が違うと、これまた修正されてしまうレベルなので、なかなか進みません。
一時間の殆どを台詞の音読です。また台詞の意味がわからない所を解説していただいたのですが、それでもいまひとつ理解できていなかったり、考えてしまうと、沈黙が続いてしまいます。
自分でも、どこがわからないのか整理していなかったので、なかなか授業の進め方もわからない緊張のまま、第1回の授業が終わりました。
このテキストは、一話を六課に分けているので、一週間に一課だと、一話を終わらすのに、一ヶ月半。一冊のテキストが4話なので、なんと、たった4話終わらすのに、半年。このテキストを三冊もっているので、三冊の12話が終わるのに1年半ですね。
それは、あまりにもあまりだ。という気がして、もう少し自分の「家有儿女」の水準を上げようと、とりあえずドラマを聴き取るよりも、ドラマの台詞を音読し、不明点を調べ、練習問題をやりました。
しかし、内容が面白いので、他のテキストをやるより抵抗感がなく、また初見では難しいと思った言い回しや単語も練習問題までやると、すんなりと頭に入ります。
ただただ、ネットの授業の老師に迷惑をかけまい。という小心者のきまじめさから、準備を重ね、週末に4回の授業をお願いして、1話の4課。2/3まで終わったところです。
それでも、授業中の老師が話す中国語は1/3くらいしか、理解できていないのは内緒です。
しかも、「内容をまとめて」とか、内容の解説とか、この台詞をどう思うか?という質問には、心の中で「えー!」と叫んだ後で、PCの辞書を使いながら「少しわがままです」とか「わたしは上海蟹は食べたことがありません」とか、しょうもない答えを必死で返しています。


寿命が3ヶ月くらい縮んだ気がする「家有儿女」の授業でしたが、老師にも、わたしが、かなりイッパイイッパイであることを気づかれて、このテキストが難しければ、替えてもいいですよ。みたいなことを言われてしまいましたが、もう意地でも第一話は今週中に終わらせます。気合いが続けば、一冊の4話分まで来月には辿り着きたいところですが。。
しかし、このままのペースだと、一話で6時間のレッスン。4話だと24回のレッスン。いったい「家有儿女」に、どれだけお金を使うのか。と自分でも不思議ですが、もう暫く授業は続けてみようと思います。
内容は本当に面白いのですが、個人的なツボは、息子二人が、娘を歓迎する节目をするのを見て、刘梅役の女優が芝居でなくおそらく本気で吹いている瞬間でしょうか。あと、子役達の芝居は、あまり上手くないのですが、あの子役的な「芝居」ぶりもまた、見ていて楽しいです。


と、週末の中国語はそれだけでもなく、「漢語口語初級教程」もコツコツ進めました。上と下を一緒に進めているのですが、順調に行けば10月には終わりそうです。
「漢語口語速成」も相変わらず繰り返しています。この基礎編は、課によっては数百回の音読をしていますが、今年いっぱい何度も繰り返して定着させたいです。また、「提高偏」も、進めているのですが、これも少しずつ進めて、また来年の夏かGWに集中して復習をしたいです。
「初級からのシャドウイング」と「会話ルート66」と「瞬訳初級」も、飽きるほどやり続けて、精神的には結構飽きてきてしまっているので、もうどこまで続けるの?と、特に「初級からのシャドウイング」と「瞬訳初級」は、すでに一回り終わっていて続編もあることだし、10月には卒業するようにスケジュールを組みました。
「会話ルート66」は、今までは、なかなか単語が頭に入らなかったのですが、他のテキストを進ませることで、かなりの単語が既知のものとなり、音読をしやすくなりました。これは、内容がいまひとつ面白くない。という理由で、やはり9月か10月には終わらせて卒業させいたです。
「中国語がわかるリスニング 」は、今一番のお気に入りの内容です。全16話のうち、6話まで終わりました。怪談の話や桃源郷の話も面白い。わたしが持っているテキストでは、やはり一番難易度が高い文章なのは間違い無いのですが、内容が面白いので、先へ先へ進みます。
これも、全16話なので、9月には一旦終わりそうですが、年内中、何度も繰り返して、テキストを見ずに聞いて内容がわかる。ところまで聞き込みたいです。
「聴く中国語」は、とても面白いです。テキストが中国語を学ぶ。という方向だけでなく、現代中国の状況を知らせる。という方向に向いているかのような様々な話題や、個人的な記事も面白いです。ただ、月刊誌はなかなか手強いのですが、一ヶ月に一冊、もしくはバックナンバーも入れて2冊くらいは読み終わらせたいです。
「生活中国語」も、コツコツ進めています、もう少しで一通り終わるのですが、如何せん内容が古すぎます。日本のストで全ての電車が止まるとか、また作者の考えも、少し奇妙に感じる点が多いのですが、そこの違和感に、また少し惹かれたり。。これも、9月には一通り最初からやり直して終わらせたいです。
「説漢語」は、今は近所の中国語先生との発音素材ともなっているのですが、上巻を暗記目的で使っているときは、単語や語法を覚えるのに役立ったのですが、下巻に入ると、中国語で発言したり意見を伝えるのに有効的なように感じます。
これも今年中まで続けて、下巻も暗記を終わらせたいところです。


と、いろいろ書きましたが、いつのまにか、面白い教材を使いたい。という方向に向かっているのですが、これはもう学習をしているというより、本当に中国語を使えているという感覚になってきました。
ただ、あまりにもわたしは中国語を書いていないので、書けない漢字が多いです。音読だけでなく、暗記の最終段階とまとめとしても、中国語をきれいに書く。という習慣も身につけたいです。
という中国語欲望でぎらぎらしているこの頃です。