愚か者の「中国語短文会話800」の使い方 


日本で作られて一般の書店で売られている中国語教材というのは、トレーニング系が多いですよね。単語や文法から、ヒアリングも作文も会話も個別の教材に分かれていて、またその殆どが「あんたたち、暗記するまでやってみなさいよ!」的な脅迫感を持たせます。
去年は「瞬訳初級」と「初級からのシャドウイング」をかなりやりこみました。4、5回は繰り返しました。しかし、瞬訳にいたっては、日本語→中国語という言い換えも、数回やればできるようになるのですが、ここで初めて知った単語については、またすぐに忘れてしまいます。これを何回繰り返しても、結局はこのテキストを使う前に知らなかった単語は殆ど定着できていない。という全く寂しい現実がありました。
ただの一単語ではなく、フレーズという単語+単語の組み合わせですが、結局はそれ自体に意味が無い羅列なので、本当に無味乾燥です。またこれを使った短文もあるのですが、こちらの短文も面白味がありません。
と、単語集に「面白」を求めることが間違えているのかもしれませんが、やったわりに記憶が定着せず、ただ敗北感が残りました。
さらに「初級からのシャドウイング」も、トコトンやりました。こちらは、会話のかけあいに感情が入っていて、聞いていて面白かったのですが、とにかく頻出する名詞達(虫、植物、薬、化粧品名など)の名前が頭に入らずに、この名詞を覚えようという方に力がいってしまい結局は文章がなかなか覚えられずに、これまた敗北感を味わったテキストでした。


それから約一年もたった蒸し暑い夏の朝、やはり体育会系的なトレーニングが好きなわたしは、懲りずに「今度こそは」と、これらの続編をやっつけてやろうと思い立ったのです。
「初級からのシャドウイング」は、その続編に当たるのが、有名な「短文会話800」です。
単語は寧ろ「初級からのシャドウイング」の方が未知の単語が多いくらい、「短文会話800」は、知らない単語も語法は殆ど出てきません。
ただ、このテキストをどこまで使うのかが、難しいところです。中国語から中国語へのシャドウイング、というのはそんなに難しくはありません。とくに、音をおいかければいいというのですから、意味よりも音に重視をしてひたすらシャドウイングというのは、感覚的には、何か中国語の練習をたくさんしている感に覆われるのですが、これを回数多くやっていると、ひたすら音を真似しているだけになってしまいます。
それがいいのかどうかは、わからないのですが、シャドウイングが出来た。ということと、この短文会話を自分のものとして消化したという間にはかなりの隔たりを感じました。
わたしにとっては、シャドウイングよりも、一組の会話が終わったところで、いったんCDを止め、テキストを見ずにその文章をリピートをする方がよっぽど難易度が高く、単語や文法の確認にもなり、内容理解も深まります。しかし、自分がリピートして中国語が正しいのかどうかがテキストを見ないとわからないし、またテキストを見たときに、すでに自分でリピートした中国語が完全ではなく、テキストのように言ったのかも?と自分に都合がいい方に解釈してしまう自分もいます。それを完全にやるには、リピートした自分の音声を録音し、正しい発音で正しい語順で言えているかを確認する必要があるのかもしれません。
ただ、このテキストでこれをやるには、とても時間がかかります。もう、こう書いているだけで、面倒な作業です。
というわけで、わたしは何事も低きに流れるのが常なので、この「初級からのシャドウイング」というテキストを使っても、シャドウイング練習までしかしませんでした。


テキストに書いてあった、「日→中、中→日の逐次訳を行う」というのは、通訳になるのではないし、そんな芸当は無理だからネ。と最初から行うことを諦めて、ただシャドウイングの教材としてしかこのテキストを使いませんでした。
そして、それがもしかしたら、変な四声の癖をつけてしまった一因なのかもしれません。
また、時には、歩きながら、もしくは走りながらのシャドウイングだったので、はたして、本当にどのくらいの量を音読して「出来なかった」のかがよくわかりません。
以前、わたしはテキストを100回読んでも暗記はできなかった、という実験をしたのですが、これは、一日に100回読んだからであって、もう少し数日に均してやったらどうなの?と、自分の記憶力の悪さをクーラーの上に置いて、好意的な可能性を考えていたりもしました。


また、このテキストには日本語だけのCDがあって、日本語から中国語の逐次訳、同時通訳に使うようにという説明があるのですが、数回日本語吹き替えの人の見事な会話ぶりに微笑んだくらいで、こちらのCDを全く使いませんでした。
このCD半分を全く使えなかったということ自体、わたしはテキストに戦わずに負けていたのかもしれません。


ということで、もう少し、テキストに書いてある訓練方法をきちんと試してみようと思いました。
1. リピート練習を行う
日本語と日本語のリピートも、それはそれは感情をこめてやってみました。しかし、わたしは、CDをとめると、そこそこの長さだと日本語ですら、もう繰り返せないといいう恐ろしい記憶力の無さで、自分を驚かせました。
さらに、中国語から中国語のリピートも難しいのは言うまでも無いのですが、これは回数を重ねれば、なんとかなるのかもしれません。


2. シャドウイング練習を行う
わたしは、なぜリピートよりシャドウイングが難しいのかわからないのですが、これは日本語は問題ないし、中国語は、間違えたりいい淀むところも、テキストで確認をすると、だいたい問題がなくなります。ただ、シャドウイングを繰り返すと、本当に頭の中が空っぽになっていきます。


3.逐次訳で練習を行う
これは、中国語会話を聞いているだけだと、意味を理解できているので、CDをとめて、中国語から日本語にするのはそんなに難しくない作業だろうと思ったのですが、じゃあ、日本語にしましょう。となると不完全なところがあったり、結局は理解が不十分であることを思い知らされます。
それよりも、かなり難易度が高い、日本語を聞いて中国語の逐次訳は、とても出来るものではないのですが、テキストの中文を読めばできます。あたりまえですが。。しかし、これを繰り返すと、なんとなく、出来ないわけではないところまで言えるようになります。しかし、それは逐次訳をしているというよりも、中国語文を覚えてしまったと言えるかもしれません。


4.同時訳練習を行う
これは、はなから諦めたのですが、3のプロセスの逐次訳を行うで、次第に覚えてしまっている中国語文章だと、日本語と同時に中国語を言えてしまいます。あたりまえなのですが、これが出来るはずないと思っていた「同時訳」的行為でもあるので、ただ日本語に知っている中国語をかぶせて話すというのは、奇妙な達成感があります。
しかし、かぶせて言っているので、もはやCDの日本語も自分の中国語もあまり聞こえなくなり、ただ日本語が出たタイミングで暗記した単語を口にしている。だけの行為がどれだけ意味があるのかわかりません。


結局はわたしのレベルで、「短文会話800」をどうやって使えばいいのか、最適解は分からないのですが、とりあえず、この夏の中国語特訓メニューとして、三か月で、「短文会話800」を終わらす。という目的達成のために、速やかに機械的に、そしてテキストに対して勝利感を持ちたいという、わたしが勝手に作った「短文会話800」の攻略方法は、これです。
テキストの中国語文は見ずに、和文を見てシャドウイングというより、気持ちCDより日早めにスタートをして、途中CDに助けてもらうことがあっても、気持ちCDより早く言い終わる。
という、何これ?なやりかたですが、暗記までいかなくても、とにかく同じ文章を単純に回数多く読んでみたかったのです。iTunesの再生回数を記録係りとし、一回で読む音読を10回から20回として、×6,7セットで「短文会話800」の全文書を100回以上音読してみようと思いました。



<真夏にテキストを手にして田舎の山を登ったのが、瞬訳をこんな気の毒な姿にさせてしまいました。今の2冊は出来るだけ外には連れて行かずに、成仏させてあげたいものです>


と、およそ8月の半分までで、この計画の半分をこなしているのですが、どう効果があるのか、全く分かりません。
ちなみに、およそ朝の5時から6時まで、この「短文会話800」の音読をし、さらに朝の6時から1時間かけて、「初級を超えるための中国語単語BOOK」別の名を「漢語中級単語1000」の例文を音読しています。これはこれで、また違うやりかたなのですが、説明につかれました。
そして、わたしは、まだまだ初級を超えられないことも分かったのですが、どんなに遅く寝ても、毎朝2時間かけてやっているこの音読が、ただiTunesの再生回数が増えていくことに満足感を覚えるためだけにやっている気がしないでもありません。
とりあえず、9月までは続けてみます。失敗したとしても、失败和成功是相反相成的,因为失败是成功之母。