最近の中国語

先週、CSLPodは無料でいいのかと書いた途端にCSLPodの一部サービスが有料となってしまいました。で、実際に有料になってお金を払うのか?というと躊躇してしまいます。やっぱりネットで見るのは無料がいいわあ、とたじろいでしまうわたしです。
また発売された「東洋経済」では、中国語の特集をしていました。立ち読みしただけですが、ここに、CSLPodちっくな、iMandarinPodが紹介されていました。ここは、知っていたような知らなかったような、サービスです。これ以外にも英語圏からの中国語学習podのサイトはあって、英語にも同時に触れられるというお得感もあるのかもしれませんが、やはり馴染んだCSLPodの雰囲気がなんとなく好きです。すべからく好き嫌いの感情とはそう言うものなのかもしれません。


中国語のテレビ講座ラジオ講座は成り行きで見たり、聞いたりという感じなのですが、今はテレビ講座の方も好きです。胡兵の声も山本太郎の奇妙な発音もお気に入りです。次第に彼が荒川先生から拍手を貰ったりすると、自分のことのように嬉しくなったりします。現地での会話が聞き取れないところがあるのですが、日本語の字幕を見なくても、テレビだとなんとなく、話していることが推測できてしまいます。
中国のテレビドラマや映画も、画面を見ているだけで、なんとなく筋も話もわかっている気にはなれるのですが、改めて、テキストを見ると、なんて難しい言葉や成語を使っているのかしらん。と驚きます。
これは性格の問題かもしれませんが、わたしには、「わかったような気になりやすい」質のようで、長い人生においてもそれが大事な場面で、良い方にも悪い方にも傾いた気がします。


それはそれで、このわかった気になる。というのが、中国の老師との会話でも、あまりにほおっておいたため、次第に老師の話が早く長く難しくなってきました。
溜まらずに、何度も止めて、単語の意味を言ってもらうと、聞き取れない自分を許してあげられるくらいの難しい言葉を使われていることに気づいたのですが、またこの人は面白いことを話すのだなあ。と今さら気づきました。前回はレッスンを録音できたのですが、これを聞き直す。というのがまた、ハードルが高く実行に移せていません。
たとえば、今使っているテキストの話になって
「今使っているテキストは道徳感を訴求しすぎていて、読んでいてあまり愉快ではない。ただこれは、中国人の拝金主義の反動かもしれない」
という早口の一節では、頼まれたわけでもないのですが老師の話を聞き取れているか確認するように老師の中国語に重ねてわたしが日本語に訳したりました。そして、「不会吧!得了吧!」とか無理に使いながら「でも、このテキストを使うのはあんたが決めたんじゃん。老師も最近は料理教室や子供講座とか手広くやってるでしょう」みたいなことも笑いながら中国語で言うと、おそらくその回答はさらに複雑になるからか日本語で回答されて、このままでは日本語のおしゃべり会になってしまうという危機感を感じて、中国語で返したり。
というやりとりなのですが、やはり流れで、「なんとなくわかった気になって」話を止められなくなります。いつか、完全テープ起こしをしてみたいものです。


また、テキストの話では、途中だけど、テキストを変えようか。ということになりました。さすが個人レッスンで融通が効きまくります。
そこで、自分の適当中国語計画のことなども話したのですが、長くなりそうなので、再说吧。